歌舞伎風俗通信

歌舞伎コラムです。
以前某雑誌に連載していたものの書き直し再録です。
その他いろいろうざいウンチクです。楽しんでいただけると嬉しいですー。
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# 「外郎売」について=「音韻論」=

うにうにさまにご投稿いただいた文章のまとめです。
非常に興味深いのでご覧ください。
 ※の部分はワタクシの注です。うにうにさまにはチェックしていただいております。


・まず予備知識として、中国の音韻学の用語を少々解説しておきます。

伝統的な音韻学では、中国語の音節は 「声母+介音+韻母+韻尾」 という構造をしている、とみなします。

・声母=音節の冒頭の子音。
・介音=半母音[w], [j]
・韻母=母音。
・韻尾=音節末の子音、
(現代では[n][ng]の2つ,かつては(今も方言によっては)さらに[m][p][t][k]が加わる)。

 ※ 例えばいかにも中国語っぽい音「チャン=Tyan」を想像してみると、
はじめの”T”が「声母」=冒頭の子音、
次の"y"が「介音」=半母音、
3番目の"a"が「韻母」=母音、
最後の"n"が「韻尾」=音節末の子音、ということです。

・このうち、単語の冒頭の子音である声母をその調音箇所によって五つに分類したものを
五音(ごいん)と呼んでいます。
(唐の時代頃にはもうこういった分類があったようです)

・五音の分類です。 このへんから「ういろう」っぽくなってきます。

唇音(しんおん) b, p, m, f 
牙音(がおん)  k, g, ng 
喉音(こうおん) h, (ゼロ, w, y) 
舌音(ぜつおん) d, t, n, l 
歯音(しおん)  z, s, dz, ts, sh, ch, zh, j 

ここで「牙音」のところに「ゼロ」とありますが、これは声母がなく、いきなり母音(中国の音韻学では「韻母」という)から始まる場合を指します。
また、wやyで始まる音節もありますが(例:wei, you),
これらwやyは声母とはみなさず、「声母ゼロ+介音w/y」と解釈されます。

【今日の音声学の用語に対応させますと、
唇音 → 唇音(labial),唇歯音(labiodental)
牙音 → 軟口蓋音(velar)の破裂音及び鼻音
喉音 → 声門音(glottal)
舌音 → 歯音の破裂音(dental plosive)および鼻音(dental nasal)
歯音 → 舌先音(dental sibilant),舌面音(palatal)
ぐらいになるでしょうか。】

以上の考え方は朝鮮半島を経由して日本にも伝わってきていました。

・これを元にして考えてみると

> アワヤ咽

これはおそらく底本が「咽」と表記していたものと思われますが、「喉音」を意味していますので本来なら「喉」と書くべきところでしょう。
読みとしてはどちらも「のど」に違いないのですが、「喉音」という書き方で昔から定着していますので。

意味としては「ア行,ワ行,ヤ行の音は喉音(から始まる)」
となります。

本当の喉音は「声帯で妨げを作り、息がそこを通過する際に発せられる子音」のことで、
日本語に現れる子音としては [h]にあたります。
現代の音声学の立場からはこの文はちょっと奇妙なのですが,
これは上述の通り、伝統的に中国語の音節においては「声母がない場合」も喉音に含めているので、a=「ア」音は「喉音」に含まれることになり、
w, y=「ワ、ヤ」音は声母ではなく介音と解釈されるためにやはり「喉音」に分類されるわけです。

> サタラナ舌に カ牙 サ歯音 ハマの二つは 唇の軽重

これは
「サ・タ・ラ・ナ行の音は、舌音(から始まる)」という意味になります。そして
「カ行の音は牙音」(から始まる)」、
(ところで,牙音は普通「がおん」と読みます。なぜ外郎売りでは「げ」になったのでしょうね)
「サ行は歯音(から始まる)」
「ハ行・マ行の二つは唇音で,その閉じ加減が軽ければハ行になり,しっかり閉じればマ行になる」、という風に続きます。

最後の「ハ行は唇音」という記述について、これは
日本語のハ行の発音は江戸時代初期まで[Φa] [Φi][Φu][Φe][Φo]であったという事実に基づいています。
つまり、ハ行は「ファ・フィ・フ・フェ・フォ」と発音されていたわけです([Φu]は現在の「フ」の発音と同じです)。
だから「唇音」なのです。
その後、江戸時代中期以降、「ハ・ヘ・ホ」は喉音、「ヒ」は 舌面音に変わり、「フ」だけが唇音になっています。

また、「サ」行についてですが、
以上の説明からおわかりのように「サ」だけは舌音と歯音の二重登録になっています。
これについては,まだ調べが不十分なのですが、
当時のサ行の発音は[tsa][shi][su][she][so](ツァシスシェソ)のように発音する人や地方もあったのかも、と想像しています。
(実際、平安時代頃まではサ行の発音は全てツァ行だったという説もあるようです)
あるいは、前に特定の音が来た場合に限って、「おとっつぁん」のように[s]の破擦音化が行なわれて[ts]となっていたのかもしれません。
この「ツァ」の発音が「舌音」,それ以外の発音が「歯音」ということになるのではないでしょうか。

 ※ 初演時の「外郎売り」も「矢の根」も「助六」も、ずいぶん現代人には聞き慣れない発音で上演されていたことになります。なんだかすごいです。
「ハ」行の発音が平安期まで「ファ・フィ・フ」だったのは一応知っていましたが、江戸初期までそうだったんですね。
「歌舞伎十八番」の古いセリフや、近松、近松半次なんかの書くセリフの独特のテンポをリアルに想像する、大きな手がかりになると思います。

・おそらく「外郎売り」の作者は、漢籍にかなり親しんでおり、音韻論の方面にも一定の知識があったのでしょうね。

 ※ 団十郎は代々他の役者さんたちとはケタ違いの教養を持っていたと言われます。
和歌俳諧はもちろん、画や書、管弦や武道のたしなみもあり(というか子供の頃から教え込まれ)、
もちろん漢詩漢籍についての教養もかなりあったと思います。
幹部俳優といわれるかたがたが総じて教養レベル(学歴という意味ではなく)が高かったのが、江戸末期から明治以降、戦前までだと思います、実際歌舞伎はある程度の知識がないと深いところまで意味がわかりませんから、必要な素養だと思います。


以上、うにうにさまからのすばらしいご指摘でした。 アカデミックです、かっこよすぎ。
ワタクシのサイトには分不相応なくらいのレベルですが、
見に来てくださるかたがたに、このような上質の情報を提供することができるのは望外の喜びです。
本当にありがとうございます。


JUGEMテーマ:歌舞伎


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