歌舞伎風俗通信

歌舞伎コラムです。
以前某雑誌に連載していたものの書き直し再録です。
その他いろいろうざいウンチクです。楽しんでいただけると嬉しいですー。
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# 「外郎売」について:02=「外郎」という名称の由来=       
=02:「外郎」の名前の由来=         

「外郎(ういろう)」という日本語では聞きなれない言葉の意味についてです。
字のまんま「外の男(人)」です。
詳しくいうと、中国ではお金を出して官職を買うシステムがあったそうで、
定員外のそのお役人を「外郎」と呼んだようです。
日本にもお金を出して官位、官職を買う「揚名」という制度がありましたが、こっちは買うのは名前だけです。
名簿に名前が揚がるので「揚名(ようめい)」といいます。職権はナシです。
アチラの国のは名前だけではなく、ちゃんと実権もあったようです。


読みが「がいろう」じゃなく「ういろう」なのは、
「唐音(とういん)」という読み方なのです。
「唐音(とういん)というのがわかりにくいと思うので、一番下で少し説明します。

で、「ういろう」のルーツになる「陳宗敬(ちん そうけい)」というかたが、
元の国の「礼部員(らいぶいん)」というお役所の「外郎(ういろう)」だったのです。
元が滅びたときに日本に亡命し、そのまま役職を名前にして「外郎」と名乗りました。
これが「ういろう」の名前の由来です。
元の滅亡が1368年ですから、そのころの話です。かなり昔です。



=「礼部員(らいぶいん)」=について

で、「礼部」ってどんな役職だよという疑問が出るわけです。
中国の行政機関は「六部(りくぶ←チナミに呉音)」と呼ばれました。
「吏部・戸部・礼部・兵部・刑部・工部」の六つです。
だいたい名前を今の行政機関に照らして、機能は想像つくようにと思います。

「礼部」はそのひとつでした。執政の中心ですからかなり重要な役職だったみたいです。
主な機能は「礼楽・祀祭・貢挙」だそうです。前のふたつは形式的なお国のイベントを仕切る仕事だと思いますが、
後ろの「貢挙(こうきょ)」というのがクセものです。
「科挙」と違って「有力者の子弟を推薦→試験→登用」するために制度だったようです。
「貢挙」はその「推薦」を仕切ったらしいのです。
そう、どう考えても賄賂がもらえそうです。

「礼部員外郎」。いくらかわかりませんが多分安くないお金を使って定員外のこの「外郎」になるのは、
なんらかの「うまみ」があったからだと思います。
その「うまみ」は、たぶんこの「貢挙」という機能に会ったのではないかと思います。

一応書くと、日本の律令の官職名でいうと「治部省」の唐名(からな)が「礼部」です。
「治部省(ちぶしゃう)はもとは戸籍課みたいな仕事のために作られましたが、
平安期にはもうほとんど機能していなかったようです「唐名」と唐での同じ役職とはずいぶん違います(余談)。


さて、元の時代「礼部員外郎」だったこの「陳宗敬」さん、
元の滅亡とともに日本に帰化し、もとの役職名そのままに「外郎」さんと呼ばれました。
元の時代は「尚書省」という役所に属していた「六部」ですが、明の時代になると大きな行政改革があって皇帝直轄になったそうなので、いろいろ職権にも変化があったことでしょう。
「陳宗敬」さんが亡命する気になったのも、そのへんが関係あるかもしれません。

また、この陳 宗敬さんは「大医員」という役職も(これは「外郎」じゃなく)お持ちだったようです。
これは「礼部」ほど高い役職ではなかったようですが、なので彼は占いや薬学の知識もあったようです。

ていうか、もともとは専門知識を持った「大医院」の役人で、お金をためて「礼部員外郎」の役職を買った、と考えるのが流れとしては自然な気がします。

また、以前、前のサイトにいろいろご投稿くださった水嶋さまの調べてくださったところによると、
彼は「留学生担当官」だったようです(「礼楽」部門の仕事でしょうか)。
日本にやってきて帰化したのも、ただやみくもにしたことではなく、
元留学生で、めんどうを見てやった日本人に有力なツテがある、という勝算あってのことのようです。
さらに想像をたくましくすれば、「元」という国がそろそろ「やばい」と感じた「陳 宗敬」さんは、亡命のために周辺諸国へのパイプを作るべく、礼部員の官職を買った、
…というのは、そろそろ妄想入ってきますかね(笑)。

ということで、この「陳 宗敬」さんが「ういろう薬」を調合して広めた、
と思われていることが多いのですが、
実際は違います。
陳 宗敬さんはかなり静かな余生を博多の禅寺で送ったようです。

博多には、彼が晩年を過ごしたという禅寺「妙薬寺」が今もあります。
「ういろう伝来の地」という碑が立っております。
妙薬時のサイトを見ると、
「*注 このお寺は薬の“ういろう”が伝来した地で、お菓子ではありません。」
とわざわざ注まで付いています。やはりこのふたつは間違えやすいようです。


とはいえ、じつはお菓子の「ういろう」も薬の「ういろう」も、「陳 宗敬」さんが日本に伝えたわけではありません。

宋敬さんの息子の「大年宗奇(たいねん そうき)」さんというかたが、
「ういろう薬」を明から取り寄せて広めたんだそうです。
明でのこの薬の名前は「霊宝丹といいます」。調べてみるもんだ。

でもまあ、大まかに言って「外郎さんの家の薬」だということでこの呼び名になりました。
正式名称は文句にもあるとおり「透頂香(とうちんこう)」です。
お菓子の「ういろう」を作ったのもこの息子さんです。やるな2代目。

あ、でも以前書き込みいただいた水嶋さまの説に沿えば、
帰化した「陳」一家は、本国から持ってきた「薬のういろう」を日常薬に使い、「お菓子のういろう」を作って食べていたと考えられるので、
つまり、外に売ったり広めたりはしなかったけど家庭内では使っていたらしいので、
そういう意味では、ここはまさしく両方の「ういろう」の伝来の地ということもできます。

ところで、
その後「外郎家」の人間が代々秘伝の処方にしたがってこの薬を調合して売った、ことになっていますが、
中に「人参」が入ってるんですよこの薬。
朝鮮人参の自給に日本が成功したのは享保の改革以降です。当時、そんなに簡単に手に入るものではなかったはずです。
他にも日本では採れなかったであろう生薬があれこれ含まれています。
高額な人参その他を苦労して買い集めていちいち調合するより、
江戸中期までは明、清からの極秘ルートで製品買ってたんじゃねえか、とかワタクシは想像しています。


「外郎」一家は、五代目のとき小田原北条氏に招かれて今の「ういろう本舗」がある場所に定住します。
ここで「透頂香」とお菓子の「ういろう」とを関東に広めたようです。

以上が、「外郎」の名前と、日本への伝来のだいたいの由来です。



ところで
「雍州府史(ようしゅうふし)」という本があり、山城の国(今の京都の一部)の地誌ですが歴史資料価値が高く、あちこちで引用されているのですが、
これによると、「大覚禅師がお菓子の「ういろう」を小田原の「土民(地元住民)」に広めた」、とあるようですので、
お菓子の「ういろう」に付いては伝播系統は2個、ということになるのかもしれません。どうなんだろう。



・以下、「唐音(とういん)」についての説明です。「ういろう」とは直接関係ないのですが、なんとなく書いておきます。

日本に漢字が伝わったのは主に上代から平安時代にかけてです。
仏教と一部の政治用語が伝わったのは奈良時代の前です。
なので今でも仏教用語などは一般的な漢字と読み方が違います。
「読経(どきょう)」「修行(しゅぎょう)」などです。「公家(くげ)」なんかもそうです。
これを「呉音(ごおん)」といいます。
むろん、「呉」は前世紀の国ですから遣隋使を送っていた時代には存在しません。
当時中国南部地域で使われていた発音ということです。
日本的なイメージで、あのへんは「呉」だったので「呉音」と呼ばれたようです。

漢字の大部分は奈良、平安時代に伝わりました。我々が「ふつうの読み」だと感じる一般的な漢字の読み方がそれです。
これを「漢音(かんおん)」といいます。
当然、「漢」の国の発音ではなく、遣唐使を通じて伝わった、唐の国の発音です。
奈良期には「呉音」と「漢音」とで漢字の読みに混乱があり、「音博士(おんはかせ)」と呼ばれる専門の研究者もいました。

関係ありませんが、漢字には全て「音読み」と「訓読み」があるのですが、
これは当時伝わった膨大な量の漢字に対して、全てに対応する「日本の単語」が存在したことをあらわします。
場合によっては訓読みが複数あります。
わが国の言語の語彙の多さにはおどろくばかりです。

話しは戻ってこのあと遣唐使は廃止され、漢字の読みは日本語の一部として完全に定着します。

このあと、中世から江戸にかけての大陸との貿易で伝わった漢字の読みがあります。
唐はほろび、「宋、元、明、清」の国々が相手です。

「唐音」「唐」は、唐の国を指すのではなく、慣用的に「外国一般」を指します。
「漢音」は完全に日本語と認識されていたので、
「漢音」以降の「読み」を「外国風の読み方」ということで、「唐音(とういん)」と呼んだのです。

| comments(1) | trackbacks(0) | 19:25 | category: 「外郎売」について |
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コメント
外郎売のセリフを勉強していてたどり着きました。
めっちゃ勉強になりました。
ありがとうございます。
| yy | 2015/11/10 5:16 PM |

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