歌舞伎風俗通信

歌舞伎コラムです。
以前某雑誌に連載していたものの書き直し再録です。
その他いろいろうざいウンチクです。楽しんでいただけると嬉しいですー。
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# 大江戸男色事情:06「役者世界」
= 4: 役者世界 =

古今東西、同性愛者が多いのは「役者世界」と相場が決まっているようですが、
特に日本では、男だけでお芝居してましたから、同性愛のニオイが当然ものすごくするわけです。いろいろネタになってます。
でもこれも、「女形(おんながたと読むのよ、おやま、じゃなく)」のほうが「女装した状態で」 という但し書きが付くから受け入れられたのだと思います。「若衆」文化とノリは同じです。

実際に七代目団十郎とか三代目三津五郎とか(名指しかい)、あの世界有名どころでも「モノホン」は多かったのは確かなんですが。

七代目団十郎は奥さんを何人だっけ、調べるのめんどくさい、9人とか11人とかもらったので、現代に置いては「女好き」の烙印を運良く押してもらってますが、ようするに「何度ヨメもらってもうまくいかなかった」だけのことだと思います。
「今度こそは」と結婚しては、しばらくして離縁、の繰り返しです。
家には「内弟子」と称する美少年達が常に十数人寄宿していたようで、ジャニーズの合宿所状態です。
団十郎が借金まみれだったのは有名ですが、このガキどもにかかった金もバカになるまいと思います。奥さん逃げますフツウ。

だったらそもそも結婚しなきゃよさそうですが、「男として(ていうか団十郎として)ヨメ取って子供つくらなきゃいかん」という強迫観念があったようです。
まあ実際子供も10人以上(たしか)いたし、みんな役者さんになったし、八代目団十郎も、その弟の九代目団十郎も名優でしたから、努力した甲斐はあったというものです。

でも、やはり「同性愛者だらけ」が世間的にも通り相場の役者世界で、当時の事情通には「バレバレ」だったにもかかわらず、
「異性愛者ぶりたい」と彼が思うあたりに、同性愛への心理的抵抗の強さを感じます。


当時大人気だった立役者、板東三津五郎(ばんどう みつごろう)と若女形、瀬川菊之丞(せがわ きくのじょう)との関係はなかなかに世間をさわがせたようで、「悪摺」と呼ばれる各種スキャンダルエロ本が出ています(読みました)。

ただ、ワタクシの意見を言わせていただけば、絶対あれは年上で立役で座頭クラスだった「三津五郎」が「女役」で、「菊之丞」はバイセクシュアルかつ「男役」だったと思いますが、当時の関係エロ本は当然、「菊之丞が女役」で描いています。
まあ「三津五郎受け」のお話描いても売れませんよね、一部にしか(存在したとしても子孫が発見次第捨てたと思う)。

チナミにこのスキャンダルは、三津五郎と菊之丞と、三津五郎の奥さんの「お伝(おでん)」というかたとの三角関係のせいでさらに有名になりました。
三津五郎、お伝という奥さんがいながら(しかもこのお伝さんと結婚するために前の奥さんを離縁している)、若女形の菊之丞と浮気。ここでまずスキャンダルになります。
怒り狂ったお伝さんですが、いつのまにかお伝と菊之丞が出来てしまいます(おい)。亭主の三津五郎が今度は激怒。そらそうだ。
思い余ったふたりは駆け落ち、東北に旅巡業に出てしまいます。まるで「道行」です。そらネタにされます。
その後もいろいろありましての笑える実話です。

これも、菊之丞も三津五郎も「ゲイ」でなく「バイ」であるということを前提にしてヒトビトに楽しまれたことはまちがいありません。


江戸後期→末期の役者さんが書いた詳細な自伝本が存在します。
「若い頃あまり売れなかったかたなので、いろいろな経験をしており、当時の中、下級の役者さんの様子が手に取るようにわかります。らっきい活字本あるじゃん。「手前味噌」というタイトルですよ。古本屋さんでわりと見つかります。
「中村仲蔵」という名のそのかたは、あ、似顔絵、てか想像図



まあ、いい男ではなかったようです。
が、シブい演技をする技巧派です。所作(踊り)と立ち回りがうまく、ガッチリした体型、筋の通ったまじめな性格だけどシャレはわかる。発句(徘徊)の名人。
モテ筋です(笑)。クロウトの女性にもモテたようです。
作中、同性愛についての記述はゼロではありません。
師匠の中村勘三郎(既婚)が若女形に入れあげて貢ぎまくり、「みっともねえからよしなせえ」と仲蔵(当時鶴蔵)が意見したら出入り禁止になったとか(笑)。

一方で、「ここ、絶対なんかあったろあんた」という場面でも、自分に関係する部分では同性愛的な記述はいっさいありません。
旅回りに出ていたときの一座の女形役者との関係とか。
すごく仲いいのです。「土地の特産品の反物でおそろいの半天こしらえた」とか書いています。ベタベタじゃねえかてめえら。まわりにも「女房」とか言われてるし。
興業中の宿は、一人一部屋ではないですが、主力の役者さんは二人一部屋とか。
つまり、事実上「二人暮らし」ですし。

そして必ず、何度も旅回りに出ているのですが、旅回りのたびに違う相手とそうなって、帰りの道中でケンカ別れをするのです。と、想像されます、文章の不自然さから言って。
急にそのヒトの名前が出なくなり、「誰それの兄」みたいな不自然な記述になり、明らかに意図的な別行動になります。

旅先のさびしさを紛らしたくって、甲斐甲斐しくしてくれる、舞台の上では女房役な役者さんとつい、ねんごろになっちゃうけど、旅が終わればそれまでですね、奥さん待ってるし態度豹変。そりゃ相手怒るわ、ってとこでしょうか。
当時の、周り中同性愛者だらけの芝居界にあっても、異性愛者の感覚では「同性愛ネタ」はふれたくない話題だったようです。
フクザツな心理です。
| comments(0) | trackbacks(0) | 22:55 | category: 大江戸男色事情 |
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