歌舞伎風俗通信

歌舞伎コラムです。
以前某雑誌に連載していたものの書き直し再録です。
その他いろいろうざいウンチクです。楽しんでいただけると嬉しいですー。
<< June 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
# スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | - | | category: - |
<< 大江戸男色事情:04 「上方の若衆屋」 | main | 大江戸男色事情:06「役者世界」 >>
# 大江戸男色事情:05「江戸の文化の中の『同性愛』」
= 3: 同性愛文化 =

そして、いわゆる、今日びも存在するような普通の「同性愛」についての記述となると、一気に見つからなくなるのです、江戸の本。
「東海道中膝栗毛」で、弥次さん喜多さんが「モト男色関係だった」というエピソードはわりと有名なようですが、
これは、非常な人気作だったので何年も続けて出版された「弥次喜多」シリーズの中程、第五巻あたりの冒頭で、番外編として過去の二人の経歴が描かれたのですが、
その中で「しゃれ」というか、受けねらいの「ネタ」として書かれただけです。パロディに近いです。
作中の正しい意味での基本設定ではありませんよ。

しかも一応喜多さん(若い方)は旅回りの役者が抱えていた「若衆」という設定ですよ。その役者の名前が「鼻水垂四郎(はなみず たらしろう)。 真面目にやる気ありません。
そして、ストーリーの中で喜多さんが前髪剃った時点でイキナリ全ての関係も恋愛感情もお互いチャラに、ありえね〜。
「膝栗毛」の本編作中に、ふたりの男色関係を匂わせる記述は皆無です。むしろ「ぺっぺっ汚ねえ」みたいなかんじです。

同性愛ネタは、こういうかんじの「笑いを取るネタ」系か、または「スキャンダル」系の扱いになってしまうように思います。
しかもそういう場合ですら絶対に、「受け」側が女装しているか、若衆であるかが条件となります。
お芝居の「三人吉三巴白波(さんにんきちざ ともえのしらなみ)」とか「傾城忠度(けいせい ただのり)」とかですね。
書くヒトが明らかにそっちのヒトだったりするので(河竹黙阿弥とか(←断言))、そういう感覚で見れば確実に「同性愛」やってるわけですが、異性愛者の感覚で見たときに「異性愛」とダブって見えるように絶対オブラートがかけてあるというか。
と言いきるほどたくさん古い本読みあさったワケではありませんが、普通に手に入る本やお芝居にはまず、「同性愛」は出てきません。

つまりよっぽど「稀少本」と言われるようなのを当たらないと逆言えば見つからないのではないかと。

「春画」についても、江戸時代はモロ出し画像がバンバン出回っていた時代ですが、同性愛モノの性交をモロ出しで描いた春画は、殆どありません。これは林美一先生がおっしゃってるから確か。

こういう状態は、今の出版界の中での同性愛関係の出版物のマイナーさと結局同じだと思います。
一般的な消費需要になじまなかったということは、つまり、「認められていなかった」ということです。
「同性愛」という概念をどのレベルでくくるかにもよりますが、
「同性愛者にとっても楽しいモロモロの文化」が存在したというだけで、「同性愛文化」が一般的だったわけではないということです。
 
| comments(0) | trackbacks(0) | 22:39 | category: 大江戸男色事情 |
# スポンサーサイト
| - | - | 22:39 | category: - |
コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://somikakuda.jugem.jp/trackback/81
トラックバック
Archives
Comments
Mobile
qrcode
Search this site
Sponsored Links