歌舞伎風俗通信

歌舞伎コラムです。
以前某雑誌に連載していたものの書き直し再録です。
その他いろいろうざいウンチクです。楽しんでいただけると嬉しいですー。
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# 商売往来
近所の図書館で弘化3年の本発見しました。1846年ですよ。
それが
貸し出し可とか!!
だいじょうぶなのか!!

「商売往来(しょうばいおうらい)」て本ですよ。
江戸時代の、商人育成用の入門書ですよ。
写メとってきました。
版木で刷られたリアル江戸時代の本です。
陳列用資料じゃないのか!!

右から

「商売往来絵字引(しょうばいおうらい えじびき)」
「商売往来(しょうばいおうらい)」
「商売往来(しょうばいおうらい)」の豆本版

ですよ。
内容は全部同じです。



借りて家に持って帰っていいらしいです。まじか!!
そんな勇気ないので、写メだけです。破損しても責任取れません。

紙の状態はこんなです。
紙をふたつに折って「わ」にしている部分が擦り切れて、
紙の裏側が見えてます。
紙もかなりぼろぼろです。
怖いから!!



…禁帯出にしたほうがいいと思います。



「商売往来絵字引(しょうばいおうらい えじびき)」は、
寺子屋で子供が使った絵入りのテキストです。
写真撮らなかったけど、裏表紙にへのへのもへじ系の落書きがあります。
子供という生き物は古今東西教科書に落書きをするものらしいです。

子供が喜びそうなカラー口絵。キャッチー!!



本文はフルカラーです。



チナミに文字だけ版の同じ部分は
こんなです。




同じ本が3冊あるわけですが、
1冊は文字だけのもので、これが原型の本です。
1冊は「商売往来絵字引(しょうばいおうらい えじびき)」と書かれた、絵入りのきれいな本です。
フルカラーです。
上2冊は標準的な和本のサイズですが、
もう1冊は豆本サイズの持ち歩き用です。
フトコロに入れてアンチョコにして使ったぽいです。



本文です。




序文を日本語にしてみました。
いや元のも日本語ですけどさ。

もと画像




それ書画の芸の大いなるや。これをのぶれば乾坤(けんこん)にまさり、これを巻けば懐中にかくる(隠れる)。五寸の筆管(ひっかん)をもてあそびて造化(ぞうか)の秘蘊(ひうん)を現し、三歳の童子をして億萬世の古人を友とせしむ。修身斎家の道を知り、貴賤上下の分をわきまうるも、みな書画の徳ならずや。
いにしへは縄を結びて篆書(てんしょ)おこり、
篆籀古文の八體分れて竟に(ついに)隷書の形に帰し、再び真行草の三体に移る。世の有様に従ひて変革する事此(かく)のごとし。
画もまた然り。その初め(始め)は亀卜(きぼく)によりて形を成し、終に山水に丹青(丹精)して水を治め、萬像を写して不易の規模をあらはす。
すなわち書と画とは車の両輪あるがごとく、しばらくも離るべからざるものなり。心動いて言葉を発し、言葉は文字に形を成す。書また変じて画にあらわれ、千代に八千代に礫石(さざれいし)の巌となりて苔むすまで、日の行く駒に片時(へんし)も離れず。士農工商(あらゆる職業でという意味)日用の、言葉の文字に形を画き(えがき)、令児愛娘(おこさんがた)の早解(はやわかり)。ちょっと画工の手を仮て(借りて)、
商売往来絵字引なり。

又玄斎南可式 またげんさい なかしき



=訳です=

そもそも(「それ」というのは文頭に付く接頭語に近く、あまり意味はないです)書と絵画という技術のなんと偉大であることか。書かれた書や画、それを広げて見れば、その内容は乾坤、つまり戌亥(いぬい)=北西から未申(ひつじさる)=南東の地平までの広さにも勝るほど雄大であり、これを巻けば、着物の懐の中の隠れてしまうほどの小ささになる。
五寸(16センチほど)の管でつくられた筆をもてあそぶことによって造化、つまりこの世に作られて存在するすべての事物の、隠された本質を表現し、3歳の小さな子供が何億何万世も前に生きた昔の人と友達になるようにもする。
身を修め(行動をつつしみ)、家を適正に運営する方法を知り、貴いひと、そうでないひと、それぞれ身の程を、自分でわきまえるようになるのも、みな書や絵の与える教養のもたらすすばらしい部分ではないだろうか。

大昔は、縄を結んで形を文字の形を作り、そこから篆書(てんしょ)という字体が発展し、そこから篆書、籀書(ちゅうしょ、大隷(だいてん)とも言います)、古文(こぶん)、(ほかに、小隷(しょうてん)、章草(しょうそう)、飛白(ひはく)、八分(はちぶ、隷書のことです)、行書(ぎょうしょ))が分かれ、最後にまたもとの隷書の形に戻り、さらに真書(楷書)、行書、草書の3つの形体に移行した。
世の中の様子の変化にしたがって文字が変わっていくことは、この通りである。
絵画もまた同じである(時代に沿って発展する)。その起源は亀の甲羅を使った卜(ぼく)占いから絵画の形を取るようになり、
 ※甲骨文字はむしろ文字の起源ですが、ここでは象形文字の一種として原始絵画のように書かれています。
ついには
・山水画に丹(赤い絵の具)や青の色とりどりの絵の具を使って水の様子を自在に表現し
・丹精をこめて山水の景色を表現して水の様子を自在に表現し
 ※どちらにも取れます。「丹青(丹精?)」の解釈次第かと思います。
すべての事物の姿を絵に写して、変わることのない標本としてそれを表現する。
つまりそのように、書と絵画とは車に両輪があるのと同じように(一体のもので)少しの間もはなれることのできないものである。
心が動いて(その言葉が)言葉を発し、その言葉は文字として形を作る。書はまた変化して絵画になって現れ、(そのように書と絵画は)千代に八千代にいつまでも、さざれ石が巌となって苔がむすという(古歌にもある)例えのように長い間、また、馬が走るように早くすぎる日々に一瞬もはなれることはない。
 ※ここまでは、書(文字)と絵画の価値についての文章です。以降、そのすばらしいものである絵と字を使った 
 本書についての宣伝文句になります。
このようにこの本は、士農工商の全ての職業が日用に使う言葉を集めて、まず文字で表現し、さらに、みなさまのお坊ちゃんやお嬢さんたちがすぐに理解できるようにちょっと画工(絵描き職人)の手も借りて絵を付けて(完成させました)。
商売往来(商売入門書)という(名前の)絵付きの字引です。

署名の「又玄斎南可式」というのは筆者のペンネームです。あまりまじめに付けた名前ではないと思われます。



説明です。
江戸時代の出版物には、ほとんどにこのような序文がついています。かなりくだけた本でも付いています。
書体や文字の大きさも本文よりも改まったものす。
内容は、読者へのごあいさつというか、宣伝文です。
この序文は、前半は堅苦しい文章で書と画の芸術的価値や、それによって得られる教養のすばらしさを書いています。
ただ、この部分は「こけおどし」というか、権威付けのような部分で、むしろお約束の形式でもあります。
本題は最後の数行の「お子さんたちの早わかり」以下の部分で、ここで一気に文体もくだけた感じになります。
前半の仰々しい部分と後半とのギャップも、計算されたものです。

そして、後半部分は当時の教育産業がそれなりに親に媚びていたことも伝わってくる、興味深い文章だと思います。


おもしろいので続きます。
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