まあ、享保三年に二代目団十郎が初演したとか、
あまりに人気があったので見物がみんなセリフを覚えてしまい(このへん江戸初期においても市井の識字率がかなり高かったという裏付けになると思います)、
大阪で出したとき、見物のひとりが先にセリフを全部言ってしまったので(やはり新興都市である江戸の役者への対抗意識とかあったでしょうね)、団十郎、こんどは後ろから逆に言ってみせたとか、
そこらへんはわりと有名なので流しとくとして、
『歌舞伎十八番』のひとつにこの『外郎売』は入っておりますが、『歌舞伎十八番』自体、ストーリー的に首尾一貫したお芝居を18本、というものではなくて、むしろ市川家の荒事のいくつかのパターンを分類、整理した観がございますから、
この『外郎売り』も、長い狂言(お芝居)である「曽我もの」の一場面として前後の連関はあまり考えずに楽しむ、一種のショーと思えばわかりやすいかと思います。